

天平16(744)年、行基が魚住の泊を築く時に、平安を祈り「御崎の地蔵」を彫り、寺を建て安置したのが始まりと言われています。行基の位牌や明石松平4代目城主の松平直泰公の位牌も安置されています。幕末の頃に寺子屋が、明治4(1971)年には郷学校が設けられました。学制が発布された明治5(1872)年には明石最初の小学校である貫道小学校(江井島小学校の前身)が設立されました。山門の表裏で模様が異なる蛙股の彫刻や柱が自然に曲がった鐘楼などは面白いです。
明石ヘリテージマップ『江井島』2013
少し変化し、存在する。





